自転車でフランスを旅します。
★現在地★
<16日目>
Luna
ボルドーの北、ブレイユの町から巡礼路に入り、巡礼者の証を手に入れてピルグリムとなった私たち。巡礼宿に泊まりながらサン=ジャン=ピエ=ド=ポーの町を目指します。昨日は人のいない静かな土地をずっと走り、ダックスの町までやってきました。ダックスの町の巡礼宿には巡礼仲間のヘリットおじいさんの姿も。新しい巡礼者たちとも出会い、楽しい夕べを過ごしました。さあ、今日はどんな旅の一日になるでしょう。
☆ ダックスからソルデ修道院村へ
巡礼者たちの朝は早い。ということを、この朝知りました。
7時に3人の子どもたちを連れた母親が出発する頃、多くの巡礼者たちはすでに出発した後でした。
その後、昨日仲良くなったポールとクレメン父子も出発。あっという間に私たちとヘリットおじいさんだけになったの。日本の登山道のような感覚なのだと思うわ。
私たち3人は朝ご飯を食べながらお話をしました。オランダから来たヘリットおじいさんは元オルガン奏者だそうです。今は自転車に長時間乗ったことで左薬指と小指がうまく動かなくて、しばらくは演奏できないそうです。でも、サンチアゴ=デ=コンポステーラまでのこの旅路でパイプオルガンを演奏するのが夢だとも言っていました。「スペインのパイプオルガンは美しいんだ。普通はパイプが縦に延びているけれど、スペインのオルガンの一部はパイプが横に張り出していて、それは見事なものだ」と嬉しそうに話してくれました。
私たちが話をしていると雨が降り出しました。おじいさんは同室の人のいびきがうるさくて、昨夜遅くに庭にテントを張って寝たのです。だから私たちはそれぞれのテントを急いで片付けようとしたのですが、雨が強く降り出したのでもう一杯コーヒーを飲みました。「焦ることはない、のんびりいこう」と。私はコーヒーではなく、宿のミントジュースをもらいました。これは昨日宿のおばあさんにいただいたもので、巡礼宿では巡礼者が到着した際に水かジュースを振舞う習慣があるようです。ボルドーの宿でもいただきました。
私たちは雨が弱まったのを見計らってテントを撤収しました。9時ちょうどに昨日のおばあさんがやってきて、ヘリットおじいさんが申し訳なさそうに事情を話していました。どうやら巡礼宿には出発時刻が決まっているようだと、このとき学びました。
おばあさんにお礼を言って私たちはそれぞれ出発しました。ヘリットおじいさんもカタリもそれぞれのペースで旅をするのが好きなので、パーティは組みません。私は同行者がいる旅もおもしろいと思うんだけどな。
☆ 雨の旅路
雨の中、ダックスの町を出発します。
雨は強まったり弱まったりしながらも、止むことはありませんでした。
長い時間降られ続けるのは荷物にも体にも良くありません。
この日は「ソルデ修道院 (Abbaye de Sorde)」という場所に立ち寄って、それからサン=ジャン=ピエ=ド=ポーの町を目指すつもりでいました。一日で到着できるほどの距離です。オイルを替えてから自転車の調子も悪くはありません。でも、雨です。
途中の山道で朝早く出発した母親と3人の子どもたちを追い越しました。雨にたくさん降られたので、彼女たちはお昼くらいに到着する予定の次の巡礼宿に泊まるそうです。
私たちの旅もいくらでも予定を変えられる自由気ままな旅です。今夜の終着地はまだ未定のまま進むことにしました。
☆ 丘の上のお城のような教会
お昼ごろペルオラード(Peyre-horade)という町にやってきました。私たちはこのとき、この町にソルデ修道院があるのだと思っていました。
お昼ご飯を食べてから町の中央にある教会へと向かいます。教会広場とその周辺の古い地区では市が開かれていました。教会の入口には「8月9日は市の開催のため……」というようなことが書かれているらしい張り紙が貼られていて、扉は閉ざされていました。神父さんも出店を出しているのかしら?
☆ ペルオラードの教会
☆ 教会広場から屋根付き市場まで続く露店市
露店では伝統工芸品や、チーズや燻製などの伝統食材などが売られていて、雨でも多くの人々で賑わっていました。きっと何百年と続いてきたような光景なんだろうなあ。
露店市は教会広場から昔ながらの屋根付き市場までずっと続いていました。
その屋根付き市場の向かいには小さくてきれいなインフォメーションセンターの姿が。中に入り、ソルデ修道院の場所と今日の宿の情報を尋ねてみます。するとここから数km先の村に修道院があって、そこには巡礼宿もあるということを教えてくれました。
さっそくその村を目指します。
☆ ソルデ修道院村
村はすぐに見つかりました。小さくてかわいらしい村。
村の奥にはソルデ修道院が威風堂々と建っていて、その入り口にあるアーチ門には雨を避けて休憩をする二人の旅人の姿がありました。
自転車旅の二人の旅人は、なんと昨日宿で仲良くなったポールとクレメン父子でした。
体中泥だらけでずぶ濡れで、荷物を広げて乾かしています。
私たちは再会を喜びました。
☆ ソルデ修道院
雨にたくさん降られたので私たちは今夜この村に泊まろうかと思っていると言うと、「そこだよ」と巡礼宿のある方を教えてくれました。小さな村なので、それだけでも十分探し当てることができました。ポールたちは奥さんや他の子どもたちがピエドポーで待っているので、そのまま進み続けるそうです。
ポールとクレメンと別れた後、私たちは巡礼宿の近くで徒歩の5人組と出会いました。彼らも同じ宿を探しているようです。
宿の入口には「宿の主は別の家にいます」というようなことが簡素な地図とフランス語で書かれていて閉ざされています。そこで5人組がその主の家を訪ね、宿を開けてもらいました。女主人はフランス語しか話さず、彼らとたまたま一緒にならなければ泊まれなかったかもしれません。この日が晴天でもこの宿には泊まらなかったでしょうし、ポールたちに会わなければ5人組とも時間がずれて一緒にならなかったかもしれません。
旅の途上では偶然とは思えないようなタイミングやできごとがいくつも重なり、特別な場所や人と出会うということがあります。まるで何かに導かれているような、確率でいえば奇跡のような重なりで、特別なものと出会うのです。私たちはそれを「幸運の星」と呼んでいます。私たちは神秘主義者でも運命論者でもないですし、「ムー」の読者でもありません。ただそのような導きは確かに存在すると信じるに足りるほど、私たちは旅の中で経験してきたのです。もしかしたら普段は気が付かないだけで、日常の様々なできごとのなかに起きているのかもしれませんね。
そんなわけで私たちも巡礼宿に泊めさせてもらえることになりました。
☆ 修道院の模型
荷物を置いてシャワーを浴びると……。
晴れました!
☆ 雨だったのが嘘のような青空
荷物を宿に置いて、さっそく修道院へと向かいます。
立派なモザイク画が残されていました。
とっても小さなタイルを無数に使っています。手間と智恵と当時の技術の結晶ですね。ケルトの人々が大陸にいた頃のデザインかしら。
☆ 修道院の中庭
修道院の中を見学できるツアーがあるというので、参加することにしました。
同じ宿の5人組も旅の服装からお出かけ用の服装に着替えて、一緒のツアーに参加しました。
☆ 修道院裏手の広場
修道院はいくつかの建物と回廊の他に、地下倉庫のある通路もありました。一行は薄暗くてじめじめした地下通路へと潜っていきます。
☆ 地下へと続く通路
地下通路は光が入ると屋根付きテラスのようにも見えます。
左側は川の上の崖になっていて、右側は倉庫のような小部屋になっています。
窓からは田園風景を望むことができます。まるで「秘密の花園」を覗くメアリーのように。
☆ いくつもの小部屋
地下通路にはいくつもの小部屋が並んでいます。窓の外が川に面していて、北側の地下にあるのでじめじめしています。もしかしたらかつては修道士たちの住居部屋だったのかしら。今は倉庫のような姿をしています。じめじめした環境を利用して、食用のきのこを栽培していたこともあるそうですよ。
☆ 修道院裏手には川が流れる
地下通路からさらに下へと続く階段を降りると、鉄格子のかかった水場に辿り着きます。修道士たちはここで水を使っていたそうです。
☆ 建物内にある塔
修道院にはところどころ不自然な造りの場所がありました。その一つが上の写真。建物の中に塔があります。もともとは外にあった塔を囲むようにして、新しく増築を行ったのではないかしら。きっと時の経過の中で修道院が大きくなっていったのでしょう。
さて、修道院見学を終えた私たちは宿へと戻ります。
☆ 宿の部屋
なんと個室です!
ポントルソンやボルドーでもドミトリーが貸し切り状態だったことはあったけれど、完全な個室はこの旅で初めて。
今夜は柔らかくて清潔なベッドで眠れるのかと思うと、思わず口許が緩んじゃう。
なんて素敵な宿。
洋服も洗濯しました。
☆ 「巡礼者の宿」
「Gîte du Pèlerin」とは「巡礼者の宿」という意味です。
巡礼者としてもてなされているかと思うと、くすぐったいような遠慮を感じるような、でもやっぱり嬉しい気持ちで、とてもありがたいです。
一緒に泊まることになった5人組は2段ベッドのある大部屋に入りました。両親と3人の子どもだと思っていたのですが、話をしてみると父親と二人の息子(高校生くらい)が家族で、女性二人はそれぞれ父親と弟さんの恋人だそうです。いずれ家族になるのかもしれないわね。父親の恋人の女性が少し英語を話しますが、他のみんなは英語を話しません。それでもフランス語で話しかけてくれます。
夕方になると女将さんのお友達がやってきました。「明日の朝食は心配ないよ」と言われていたのですが、どうやら夕飯も彼女が作ってくれるみたいです。お友達のだんなさんの会社は大阪にあるそうで、彼女は英語を話しました。
私たちが日記をつけていると、階下からお肉の焼ける素敵な匂いが流れてきます。お腹がぐうと鳴ったのをカタリに聞かれて笑われました。
☆ みんなで夕食をとったダイニング
約束の時間にダイニングに降り、みんなで食卓を囲みます。女将さんは少し離れた揺り椅子に座り、料理長であるお友達は忙しく料理を据えたり下げたりしてくれていたので、私たち巡礼者たちばかりがゆっくりと席で食事をさせてもらうことになりました。
夕食は伝統的な地元フランス料理のフルコースでした。
まずはサラダの前菜から始まります。父親とカタリは地ビールを飲んでいました。女性はお酒を飲まないようで、他はみんな未成年。
サラダの次はスープ。そして大きなスペアリブ。バゲット(フランスパン)と一緒にいただきます。それからサラミやチーズ。
伝統料理のごちそうを共有しながら同じ旅路の旅物語を語り合えば、中世の頃から脈々と続く旅人たちの夕べの胸躍るひとときに身も心も夢見心地になります。
私たちは同じ巡礼路にいる旅人と宿主で、巡礼の仲間なのです。
ごちそうとベッドをふるまってくれた宿の女将さんとお友達の方、どうもありがとう。ごちそうさまでした。
他にも数多くのもてなしや支援をしていただきました。これらはすべて彼女たちの素晴らしい善意によるもので、この宿には料金がありません。
人が人を援助したり、もてなしたりすることについて考えさせられます。
私たちは見返りなしにこれだけのことができるでしょうか。見返りなしにこれだけのことをする人々の思いとはどのようなものなのでしょうか。「崇高な行動」や「信心深い善意」や「他者への無償の友愛」を、私はまだまだ学ぶ必要があるようです。
☆明日へつづく☆
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