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Camino 自転車旅 「巡礼証明書をもらえる条件」 10日目「道を間違えて素敵な田舎道へ」

サン=ジャン=ピエ=ド=ポーからサンチアゴ=デ=コンポステーラまでの巡礼路を自転車で旅しました。

同じ道を旅しようと考えている人や自転車旅に出たいと思っている人の手助けになればと記録を残します。
                文:Luna    助言・あーせい更正・校正:Katari
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☆ Camino de Santiago 巡礼路
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「巡礼証明書をもらえる条件」

☆ 巡礼証明書
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<このページの記事>

〇 巡礼証明書とは
〇 巡礼証明書を受けるのに必要な条件
 ・巡礼方法
 ・巡礼距離
 ・スタンプ
 ・巡礼の動機
〇 ちょっと裏技? こんな人も
〇 その他の証明書
 ・巡礼距離証明書
 ・ムシアとフィステーラ
 ・熊野古道との姉妹道提携
〇 日記 10日目「道を間違えて素敵な田舎道へ」



・巡礼証明書とは
サンチアゴ=デ=コンポステーラに行く巡礼の旅の目的は、聖ヤコブのお墓にお参りをすることです。
ヤコブスペイン語でサンチャゴです。
お墓参りが目的なので、サンチャゴの町の大聖堂内にあるサンチャゴのお墓まで行ければ目的は達成されるのですが、その目的を果たすのは簡単な道のりではありません。
サンチャゴの大聖堂では大司教の印章によってこの大変な巡礼の旅を証明する巡礼証明書を授与してくれます(授与はピルグリムオフィスで行われます)。
もしこの巡礼路の旅が宗教的、または文化的興味でない場合には、巡礼証明書の代わりに「歓迎証」を受けることができます。

かつて中世ヨーロッパにおいては、この巡礼証明書は免罪符の一種でもあったそうです。


・巡礼証明書を受けるのに必要な条件
〇 巡礼方法
巡礼そのものは個人の動機に基づく自由なものなので、飛行機や自動車で行ってもよいわけですが、巡礼証明書を受け取るためには巡礼方法に条件があります。

証明書を受け取るためには、
・徒歩(車椅子を含む)
・自転車
・馬・ろば
のどれかで巡礼を行う必要があります。

〇 巡礼距離
証明を受ける条件には巡礼の距離も定められています。

・徒歩・・・100km以上 フランス人の道ならSarriaから
・自転車・・200km以上 フランス人の道ならPonferrada辺りから

〇 スタンプ
巡礼者の証である証明書(クレデンシャル)に押してもらうスタンプと日付が巡礼の証明となります。

徒歩ならSarria以前で1日に1つ以上。Sarriaからは1日に2つ以上のスタンプが毎日必要です。
自転車は200km以前が1つで、それ以降が2つでしょうか? はっきりと確認できませんでした。

どちらにしろ巡礼証明書を受け取るのに必要なスタンプは、徒歩ならサンチャゴの100km手前から、自転車なら200km手前から毎日2つ以上のスタンプが必要になります。

出発地点が100km手前地点あるいは200km手前地点の場合、そこのスタンプも必要となります。

〇 巡礼の動機
サンチャゴの町のピルグリムオフィスで証明書をもらうときに、巡礼の動機を選びます。
動機が「宗教」か「文化」の場合には巡礼証明書をもらえますが、「その他」の場合は巡礼証明書ではなく、歓迎証となります。

☆ サンチアゴ=デ=コンポステーラの大聖堂
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・ちょっと裏技? こんな人も
上記の条件を満たせば巡礼証明書を受けることができるわけですが、証明となるのはクレデンシャルに押されたスタンプの場所と日付、あとは本人の証言によります。
私は巡礼証明書がなくても巡礼にこそ意味があると思いますが、中には巡礼をしなくても巡礼証明書にこそ意味があると思っている人もいます。

あまり魅力のある話ではないですが、旅先で出会った「巡礼を控え目にして巡礼証明書を受ける」人たちの方法をいくつか少し紹介します。

巡礼路にあるアルベルゲではたくさんの巡礼者たちと出会うのですが、私たち自転車旅の巡礼者は徒歩の巡礼者と仲良くなってもアルベルゲを出発するときに大抵別れることになります。
その後彼らを追い抜かすことはありますが、同じ宿に泊まることはほとんどありません。
でもときたま、以前に同じアルベルゲに泊まった徒歩の巡礼者と再びアルベルゲで一緒になる、ということが何度かありました。

彼らのとった方法は、宿でスタンプをもらった後しばらく歩き、どこかでもう一つのスタンプをもらい、そこから電車やバスに乗って次の町を目指します。そこでまた宿に入り、スタンプをもらうのです。
他には宿からタクシーで観光地を巡り、観光地の教会などでスタンプをもらって次の町までタクシーで行く、という人たちもいました。
Sarriaまでは巡礼証明書に関わらないので多く見かけましたが、Sarriaからもいるようです。

けがをしてしまったけれどサンチャゴから帰る飛行機のチケットに合わせて移動している、という人もいましたし、もともと観光しながら証明書をもらう予定だったというような人もいました。

ピルグリムオフィスでの審査は厳しいもので、なかにはスタンプが一つ足りないために証明書が受け取れなかった人がいるという噂も聞いたので、バスやタクシーを使った場合に証明書を受けられるかは怪しいですが、そういう方法でサンチャゴを目指す人もいました。

参考情報までに。


☆ フィステーラの道しるべ
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・その他の証明書

〇 巡礼距離証明書
サンチャゴの町にあるピルグリムオフィスで巡礼証明書を受け取るときに、それとは別に巡礼距離を記載してもらえる巡礼距離証明書を発行してもらうこともできます。
私たちの場合はフランスのボルドーの北にあるブレイユという町から巡礼路に入ったので、そこからの距離を書き入れてもらいました。
おじいさんが達筆で書いてくれました。距離は1,449kmでした。もう少し短いような……。おまけかしら? こちらは3€必要です。

〇 ムシア(Muxia)とフィステーラ(Fisterra)
サンチアゴ=デ=コンポステーラまでの巡礼路には、まだ続きがあります。
もちろんそれは「巡礼」ではないのですが、巡礼路ではあります。
FisterraはFinisterreともいわれ「地の果て」を意味します。
そこには「残り0km」の標識もあります。

サンチャゴの町でもらえる巡礼証明書とは別に、ムシアとフィステーラでも他の巡礼証明書がもらえます。
ムシアでは観光案内所で、フィステーラではバス停のすぐそばにあるアルベルゲで発行してもらえます。フィステーラのオフィスは13:00からの開始なので注意してください。

〇 熊野古道との姉妹道提携
サンチアゴ=デ=コンポステーラへの巡礼路と日本の熊野古道とは、サンチャゴのあるガリシア州熊野古道の到着地である和歌山県によって姉妹道の提携が結ばれています。

熊野古道とカミーノの両方を巡礼すると「二つの道の巡礼者」として登録することができます。

また、カミーノ(サンチャゴへの巡礼路)と熊野古道の「共通巡礼手帳(クレデンシャル)」の取り組みが数年前から始まりました。

興味がある方はこちら  ↓
和歌山県田辺市の観光振興課のHPへ


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「道を間違えて素敵な田舎道へ」

  カミーノ 10日目  (ここからは日記です)

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☆ ベガからポートマリンへ
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今日は道を大きくそれてしまって、地図に載っている地域から外へ。
さあ大変。でもそこは……。
と、いう日でした。

☆ 日の出とともに出発
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朝暗いうちに食堂へ行くと、韓国人の神父さんが巡礼者として朝食をとっていました。今日は自転車をレンタルしていて、届くのを待っているそうです。
そのときに聞いたんだけど、巡礼路では貸杖屋さんが一区間杖を貸してくれるように、一区間だけ自転車を借りることのできるサービスがあるそうです。
ここから山を越えて、しばらく下り道を進んでから自転車を返すそうです。
下りだけ自転車を借りることもできるみたい。便利ね、貸自転車屋さん。

私たちは夜明けを待って、日の出の少し前に出発。ベガの山の上には古城が見えました。

朝のうちはずっと登り坂。なかなかの急坂で、ゆっくりゆっくり登りました。
頂上には小さな町があり、ここから一気に下ります。

そう、このとき私たちは道を誤ったのでした。

☆ ハイウェイを一気に下る
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風を切ってぐんぐん山を下ります。最高点は1300mだったので、ぐんぐん下ってもまだまだ下ります。ようやく下りが落ち着くころには体の芯まで冷えていました。

私たちは秋らしさが見え始めた山の山腹の村で休憩をしていました。ちょうどハロウィンの夜を思わせるような、玄関にランタンを飾った小屋の近くでした。私が何気なく「しばらく目印を見てないね」って言ったとき、カタリははっとした顔になりました。
もしかして……。私は今下ってきた道のりの長さと高さを思ってちょっと怖くなりました。
「もしかして、道を間違えたか」とカタリは地図を取り出して、一緒に確認をしました。今いる場所がわからないのではっきりとは分からないけれど、たぶん道を間違えたのだろうということになり、進むか戻るか話し合いました。いつもならば道を間違えたときには引き返すのが一番の近道だという結論を出します。でも今回は……。見上げれば今下っていた道の頂は山の向こうに見えなくなっています。もし峠まで戻るとすれば、今朝出発したアルベルゲに戻るしか泊まれる宿はないかもしれません。
現在地を確認するために少し進み、バス停の名前から今いる場所を推測しました。どうやら巡礼用の地図に載っていないところまで離れてしまったようです。大変。

いつもなら必ず地図は常備しているのですが、今回は巡礼路の快適さに油断してしまい、巡礼地図しかありません。かろうじて1cmあたり50kmくらいの略式地図が載っていたのでそれを手掛かりに考えます。
どうやらBecerreáという町からカミーノ上にあるSarriaという町まで道がありそうです。Becerreáの町はもう通り過ぎているかもしれないし、この先にあるのかもしれません。ここはカタリの旅の勘に頼って、先へと進みます。
どうかまだ通り過ぎていませんように。

☆ 大きな橋を渡る 橋の向こうに町が見えた
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道はとても大きな橋に差しかかりました。谷を目で追っていくと、遥か遠くにも他の橋が架かっているのが見えます。
大きな谷です。

私たちが通っている橋の向こう、山の中腹に町が見えました。
あれがBecerreáの町かしら!
橋にはおじいさんたちが何人も歩いていたけれど、巡礼者ではありませんでした。


そうして町までたどり着いた私たちは、町の看板を見て喜びました。
Becerreáの町です。この町のどこかからSarriaへ続く道が出ているはずです。本当に良かった。


☆ Sarriaへ続く道
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Sarriaへ続く道はすぐには見つかりませんでした。何度も町を往復し、今夜はここに泊まることも考えましたが、ようやく見つけることができました。
道は町の山側、家々の間を登る急な坂道の上にありました。

本当にこの道? と思うくらい、小さな道でした。

☆ Sarriaを目指して
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Becerreáの町からSarriaの標識の道へと入ると、そこは山の一本道でした。
しばらく山道を登ると畑と牧草地ののんびりとした世界。まるで日曜日の午後みたい。

車も人もほとんどいません。農家が数軒あっただけで、あとはときたま牛たちがこちらを見ているくらいでした。

☆ 田舎の山道を行く
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素敵な道でした。

今朝はあんなに不安だったのに、この道を走っているとそんな不安は飛んで行ってしまいます。
それどころか、「迷ってよかった」と思いました。
カタリは「ごめんなルナ」と言っていましたが、本当に迷ってよかったと思っているんです。
だってあんな素敵な田舎の山道は、巡礼路でもなかなかないですから。

途中で牧草地を移動するために道を横断している牛の行列に出会って、そのときに牛飼いの人を遠くに見たけれど、それ以外は人を見かけませんでした。

☆ 振り返ると
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この道を走って来たんです。
素敵ですよね。


午後になってとうとうSarriaの町に入ることができました。

☆ かわいらしい商店で乾杯
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町で商店を見つけた私たちはにこにこが止まりません。
ヨーグルトで乾杯をして、無事に巡礼路へと戻れたことをお祝いしました。

商店ではラバナルの宿で一緒だった自転車の親子と出会いました。
男の子は目の下まで日焼け止めのマスクをしていたので、初めは誰かわかりませんでした。
二人もジュースを買って休んでいきました。

☆ Sarriaの町
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Sarriaの町は観光客と巡礼者でにぎわっていました。
後で知ったことなのですが、徒歩で巡礼をする巡礼者がサンチャゴの町に到着したときに巡礼証明書をもらうためには100km以上歩く必要があるそうで、ちょうどこのSarriaの町からスタートすると最短距離で証明書がもらえるそうです。
年間を通して巡礼者の出発地として一番多く選ばれている町だそうです。


SarriaからPortomarinの町を目指します。

とても暑くて、途中の泉で顔を洗っていると自転車旅のお兄さんが近づいてきました。ドイツから来たクリストフです。
彼は私たちのパーティに加えてくれというので、一緒にポートマリンを目指すことにしました。

☆ 旅の仲間クリストフ
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ポートマリンは湖の町なのですが、湖の水が干上がっています。クリストフは「湖が死んでる」と言っていました。

☆ ポートマリンの干上がった湖
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☆ ポートマリンの町の入口
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湖に架かる橋を渡ったところにポートマリンの町の入口があります。
入口は階段を上がったところにあり、橋を見下ろすことができました。
クリストフは階段を上るのが億劫なようで、日陰で待っていました。

☆ 入口の橋を渡るとポートマリン町
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クリストフは自由なキャンプ場に泊まりたいと言っていましたが、私たちがアルベルゲに泊まると言うと「やっぱりアルベルゲに泊まろう。テントは暑い」と言って一緒に宿を探すことになりました。
いくつかのアルベルゲはいっぱいで、なんとかバルの二階にあるタバーン(酒場宿)のようなアルベルゲに泊まることがでました。
宿の人は皆スペイン語でしたが、不便はありません。

☆ ポートマリンの中央広場と大聖堂
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宿の部屋は小さくて、4人部屋でした。そこに私たちだけです。
しばらく休憩してから買い出しに行きました。買い物している途中、クリストフはそわそわし始めて「レストランで夕飯をおごるよ」と言い出しました。彼は夕飯を外で食べたかったようです。
私たちは承知しました。

町の広場では今夜の催し物の準備が進められていて、そこでクリスチアンという左手の不自由なドイツ人巡礼者とクリストフが仲良くなりました。
夕方になり、広場の見えるレストランで夕飯を食べました。ちょうど広場の舞台が見えるところで、催し物の初めから最後まで見ていました。

☆ 伝統的な踊りと音楽
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催し物はこの土地の伝統的な舞踊と音楽でした。
伝統衣装に身を包んだ地元の人たちが腕を上げてくるくると回る踊りを踊ってくれました。

アーチ状に編んだ木の枝を使ったダンスもあり、男女に分かれたり男女のペアになったりする踊りでした。

子どもたちの踊りもありました。
下の写真の後ろ姿の女の子。ミラはこの子が私にそっくりだと言います。カタリも。私、もう少し年上だと思うんだけどな。

☆ ダンスが終わり、帰っていく子供たち
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夕飯から帰ると夜だったので、私は宿に残って先に寝ました。カタリとクリストフは別のアルベルゲに泊まっているクリスチアンを誘って出かけていきました。ワインボトルを持って。
そして夜中に二人ともご機嫌で帰ってきて、ほんの5分で眠ってしまいました。
大人の男の人って、時々あまり良くない楽しみ方をするわよね。
明日、カタリの体調は大丈夫かしら。


明日の日記


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