Mira&Luna's nursery lab

旅乙女と発明娘の子供部屋

夏の夜の怪談!? 『タイムリングパラドクス』のお話

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夏休みまっただなかの皆さんも、そうでない皆さんも、いかがお過ごしですか?

ミラです。

今日は夏の夜が涼しくなるような、ちょっと怖いお話をしようと思います。

怖い話といっても私はお化けとか幽霊とかはちょっと苦手なので、科学的な作り話、『SF怪談』をします。

題は『タイムリングパラドクスの怪』です。
それでは始めましょう。



『タイムリングパラドクスの怪』

皆さんは「タイムリング」という言葉をご存知ですか? 日本語にすると「時間円環」といったところかしら。リングのように環になった時間、ということね。「パラドクス」は「逆説」。「矛盾」というような意味。
今夜お話しするのは時間軸に生じた時間円環と、その存在のしかたの不思議さのお話です。


タイムマシンが発明されてから幾百年。あるときあるところに一人の女性が住んでいました。
女性は何不自由ない暮らしをしていたのですが、子どもが欲しくて欲しくてたまりませんでした。毎日毎日考えるのは子どものことばかり。子どもが欲しいという思いがあまりに強すぎて、女性は日に日にやつれていきました。やがて髪は白髪まじりになり、口にする言葉は支離滅裂になって、周囲の人々からは狂人扱いされるようになっていきました。それでも女性の子どもが欲しいという思いは絶えることはなく、それどころかますます子どもを渇望するようになっていったのです。
そんなある日、デパートの家電用品売り場で古くなったタイムマシンを最新式のベビーシート付のものに買い替えたとき、ふとあるアイディアを思いつきました。「こんなに赤ちゃんを欲しいと思っているんだもの、きっと来年には赤ちゃんをこの胸に抱いているはずだわ。でも今欲しい。今すぐに私の赤ちゃんが欲しいのよ」あるアイディアは恐ろしい内容のものでしたが、狂気の切迫した女性はそのアイディアを実行することに決めました。「私の赤ちゃんなんだもの。私が連れてきたって犯罪にはならないわ」女性が思いついたアイディアとは、未来の自分の赤ん坊を盗んでくるという狂気の沙汰でした。


女性はその恐ろしい計画を実行に移し、新しいタイムマシンを使って一年後の自宅へ行きました。すると思った通り、そこには生まれたての赤ん坊を抱いた自分の幸せそうな姿がありました。柔らかく優しい空気に包まれたその光景は、誰が見ても傷つけたくない幸せな光景でした。でも狂気に駆られた女性にだけは妬みと嫉みの炎に身を焼かれるような光景に見えたのです。女性は躊躇なく行動しました。幸せに包まれた未来の自分である母親から赤ん坊をひったくると、あっという間に一年前の時間へと帰ったのです。


女性は幸せでした。たとえそれが盗んだ子どもであっても、愛しい我が子に違いはありません。女性は今までの暗い人生がいっぺんにひっくり返ってしまったかのように、世界中のありとあらゆるものが素敵なものに思えました。頭の中がすっきりとして、髪は昔のように艶を取り戻し、肌は乙女のようにばら色になりました。「ああ、こんなことならもっと早くにこうするべきだったわ」と女性は思いました。


でも、その幸せは長くは続きませんよね。


あの日からちょうど一年がたった日。赤ん坊を胸に抱いて、揺り椅子でうとうととしていた昼下がり。幸せになった女性は、過去にもっていた自身の暗い感情も、自分の犯した恐ろしい罪も、今ではすっかり忘れてしまっていました。ただ今が素晴らしく幸せで、それがすべてだったのです。
そこへ恐ろしい影が忍び寄ってきました。影はうとうとと眠る母子に近づくと、ものすごいスピードで赤ん坊をひっつかんでそのままどこかへと逃げて行きました。女性がはっとして声を上げたときにはもうすでに、影は遠いところへと逃げてしまった後でした。しばらく放心状態だった女性は、やがて絶望的な悲しみに包まれて泣き崩れました。




いかがでしたか? 女性の悲痛な思いが心を苦しめるようなお話でしたね。
さてこのお話、よく見てみると実はおかしなところがあるんです。
「え? そんなことって……」
というようなところが。
ここからはその”おかしなところ”についてのお話をします。


まずはわかりやすくするために時間軸を基礎とした図を示します。


直線「t」は時間軸。左が過去で、右が未来。
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女性が思い悩んでいたのは「A」の地点。「B」はちょうど一年後で、女性はB地点からA地点へと自分の赤ん坊を連れてきたということを表した図。



A地点からB地点までの一年間。
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この一年間を女性と赤ん坊は一緒の時間を過ごしました。
そしてB地点に来たときに、赤ん坊は過去の自分に連れ去られてしまいます。



二つの図を合わせると
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赤ん坊はこのように時間軸の上を移動することになるわね。


でも、あれ? 変じゃない?
この図、”おかしなところ”があるのに気が付きませんか?
だってそれじゃこの赤ん坊は、


いったい誰が産んだの?



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誰も産んでいないはずの赤ん坊が「タイムリング」の中に存在している。
そしてその赤ん坊は、AからBという同じ時間を永遠に繰り返すことになるのです。


いかがでしたか?
誰も産んでいないはずの赤ん坊が存在することの不思議。
暑い夜が涼しくなったかしら?


実は似たような円環が私たちの身近にもたくさん存在しているのに気が付いた?
例えばにわとり。「にわとりが先か、卵が先か」という議論は有名だけど、これも見方によっては「時間円環(タイムリング)」。
にわとりは卵から産まれ、卵はにわとりが産む。ではその円環はどこから生まれたの?
これはにわとりに限ったことじゃないわね。
すべての生き物にもいえることだし、すべての物質においてもいえるかもしれない。
イムリングパラドクスの不思議は私たちの身近にも(私たち自身にも)たくさんあふれているのよ……👻…。



さて、このお話には少し続きがあります。
赤ん坊の視点で時間軸を見てみましょう。
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赤ん坊から見た時間軸は「t₁」という時間軸の中のA地点からB地点までの一年間を何回も繰り返すことになります。
上の図で見ると、赤い線の「t₂」が赤ん坊にとっての時間軸になりますね。
つまり一般的に「絶対時間」として見られている時間軸とは別の時間軸が存在することになる。

そうするとどうなるかというと、赤ん坊が連れ去られるごとに時間軸「t₁」は異なる時間軸「t₁’(ダッシュ)」「t₁’’」「t₁’’’」が必要となる。

どうして「’(ダッシュ)」の世界が必要になるかって?
赤ん坊も年をとるからよ。

上の図を見てください。赤ん坊がt₁の時間軸のA地点にいるときが0歳だとすると、B地点にいるときには1歳になっていますね。するとt₁’の時間軸の女性はt₁のB地点にいる赤ん坊を盗んでくるのだから、1歳の赤ん坊を過去の時間(t₁’のA地点)へと連れてくることになります。そしてt₁’のA地点からB地点まで一年間の時を経ると、赤ん坊は2歳になるはずです。そしてt₁’’、t₁’’’と変化するごとに、赤ん坊の歳は増えていくのです。

このようにわずかに差異のある重複した世界を「パラレルワールド」と呼びます。
ここでは赤ん坊が1歳の世界、2歳の世界、3歳の世界……がパラレルワールドになります。

ダッシュが50や60もついた世界では、もはや赤ん坊は大人になっていて、母親よりもずっと年上になっているはずです。
上記の怪談の中では「永遠に繰り返す」と書いたけど、それはt₁の時間軸の世界に生きる人々にとってのこと。赤ん坊だって200年も300年も生きられるわけではないでしょうから、t₂の時間軸を基準にした赤ん坊にとっては永遠に繰り返すわけではないはず。だから赤ん坊のいないパラレルワールドも存在するかもしれないわね。
もっとも、私たちが一般的に感じているt₁の時間軸の世界だけを見たときには、赤ん坊は「永遠に」同じ時間を繰り返すことになるんだけど。

「永遠」という言葉は「絶対時間(ここではt₁)」を基準にした言葉だから、相対的な見方をすれば「赤ん坊の存在が永遠な時間軸(t₁)」と「赤ん坊の存在が有限な時間軸(t₂)」の両者が存在することになるわね。
つまり見る者の視点によって、それは永遠になったり有限になったりもするわけ。

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台風がやってきて熱帯夜ではないけれど、夏の夜の怪談に涼しくなりましたか?
この話、実は私もルナに聞かせてもらった話なんだけどね。テントの中で。

話し手は、お化けの苦手なミラヒェンでした。f:id:miraluna:20180105114819j:plain:w30