乾と坤の間を旅する レンヌの町を越えて地図にない村々へ
フランスを自転車で旅します。 ★現在地★
居心地の良い宿を旅立って、未知の新しい土地へと進む。
☆ ポントルソン(Pontorson)からレンヌ(Rennes)南の村
フランスの西側を自転車で旅しています。
この日の朝までいたのは、モン・サン=ミシェルの南にあるポントルソンという町。
必要なものはみんな近くにあって、日本人画家の大石さんがいて、ロロという愛嬌のあるお姉さんが宿を切り盛りしている小さな町。
とても居心地の良い町。
この町にしばらく滞在して近隣地域を観光するのも素敵でしょう。
天気も良かったし、見てみたいものはたくさんあります。
でも、私たちはそうしませんでした。
居心地の良い宿を離れて、未知の冒険の旅に再び出発したのです。
何かを望むのなら、行動しなければ得られないですからね。
昨日お洗濯をしたので上着も新しいものです。
朝、荷物をまとめて自転車に積み込みます。毎日のことなのだけれど、この瞬間にはいつも気持ちが引き締まる思いがするの。緊張と期待とが入り混じった感じ。
宿のロロにさようならを言って出発。大石さんは事情があってご自宅を離れているはずなので、お別れの挨拶はできませんでした。結局私は一度もお会いできなかったな。
☆ 果樹園に続く道
フランスの田舎道はどこまでも畑が広がっている風景が続きます。
町や村は小さくまとまっていて、その中心にはたいてい教会と広場があります。だから遠く畑の向こうに尖塔がちょこんと見えれば、そこにはきっと町や村があるのだと分かるの。
もしヨーロッパの広い広い土地で道に迷ったり、食料が必要になったりしたときには、尖塔を探してそこを目指すといいわ。きっとそこには町や村があって、旅の助けになってくれることでしょう。
☆ 村の教会と広場
村や町の広場には市庁舎(Mayor、フランス語でMaire)もあることが多いです。平日の昼間は開いているので、困ったときには力になってくれるでしょう。
☆ 市庁舎 Maire
☆ 村の中央広場
天気の良い旅路は素敵です。
旅は「非日常」の時間だと言う人もいますが、私たちはそうは考えていません。
確かに生活時間を数字で見れば、日本で学校に通ったり仕事に行ったりしている時間のほうが長いので、それこそ「日常」だと考える人は多いはずです。
でもだからといって旅の時間が非日常かというと、私たちはそう思いません。
どういうわけか私たちはこの世界に生まれ落ちてきて、そしてそこで生きている。それは始まってから終わるまで続いていくもので、その間様々な行動をとり、様々な生活を経験する。
「日常」という言葉には「あるべき普通の生活」というような意味合いが含まれるように感じられるのですが、それってあるようで本当はない枠なのではないかと思うのです。
教室の席に座ってノートをとっているときも、広い畑の一本道を旅しているときも、ひとつの連続した私の生活であって、ひとつの人生の中のひとときです。
だからどんな生活が「日常」で、どんな時間が「非日常」かなんて決めるのはナンセンス。きっと日常と非日常の境目なんて、見る角度とその日の気分で左右されるような井戸端修飾なのでしょう。
(半分くらいは保護者カタリの受け売りです。)
☆ 広い畑の道を行く
☆ 大きな教会のある小さな町
世界って本当にきれい。
と思いながら走っていたのですが、旅には困難もまたたくさんあります。
私たちが走っていた道はレンヌという大きな町まで真っすぐに続いているのですが、この道は途中からモーターウェイに変わります。
モーターウェイというのは自動車専用道路。自転車は入ってはいけません。
道は一本道なのに、その道は突然自動車専用道路になってしまいました。ヨーロッパではこういうことがたくさんあるのですが、そうなると私たち自転車の旅人はたちまち行き場をなくします。
そんなときには小さな脇道を探してモーターウェイを抜け出します。そしてそこから小さな道を彷徨いながら進むことになるのです。
所々で見かける道しるべには小さな村の名前が書かれています。それは日本でいうところの「字」くらいの規模のもので、たいていは地図に載っていません。
コンパスと太陽の位置が重要な手掛かりとなるような道のりです。
☆ 村々を迷い行く
☆ 公園で昼食休み
辿り着いた小さくて新しい町の公園でお昼ご飯です。
果物屋さんがパン屋さんも兼ねるような商店で、新鮮なリンゴとオレンジとパンと豆料理を買いました。小さくて、静かな町です。
レンヌの町は入るのも出るのも大変。大きな町は主要な道がみんなモーターウェイなので、小さな脇道を見つけて入っていくの。あっちこっちに迷いながら、ようやく町の中へと入ることができました。
☆ レンヌの町
☆ レンヌの駅前広場
☆ LUNA!?
Lunaですって!
私も将来はあんなスタイルになれるのかな?
レンヌの町は大きかったけれど、宿を見つけることができなかったので先へと進むことにしました。
自転車の歯飛びが気になります。昨日交換したチューブは良好です。
☆ 屋根付きの井戸 今は使われていないみたい
モーターウェイに行く手を阻まれながらもやっとの思いでレンヌの町を抜けることができたまでは良かったのですが、主要道路に乗ることができないので小さな村々の点在する土地へと向かいました。
道しるべも地図に載っていない村の名前ばかりなので、どこにいるのか判然としません。
小さな村から村へと、細い田舎道を進みます。
心細くもありましたが、いつでもどこへでも自由に過ごせる旅暮らしなので、大きな不安はありませんでした。
今夜は村と村の間の牧草地でキャンプです。
☆ 今夜の草枕
☆ あっ、鹿だ!
私たちがテントを張っていると遠くに鹿の姿があって、こちらを窺っていました。
しばらくしてから彼女は隣のとうもろこし畑に入ったの。畑からがさがさという音が聞こえたわ。その音はだんだん近づいてきて、ばさっ! という大きな音とともに飛び出してきたの。それがあんまり私たちの近くだったから、彼女はびっくり仰天してとうもろこし畑に飛び込んじゃった。そしてがさがさがさ。遠くにまた姿を現しました。
夜、寝ているときにも近くまで来ていたようです。
☆ 乾と坤の間で
今日はなかなかやれやれでした。走行距離は107.75km。真っすぐに進めずに迷い道を彷徨うというのは、気疲れするものです。
でもこうして一日の行程を終えて休む時間は、苦労があったからこそ心地よく感じられるものですよね。
私たちは草地の真ん中に大の字に寝転がってみました。
空に薄っすらとかかる雲が見えます。
「今、重力がさかさまに働いたら、まっさかさまにあの空へ落っこちちゃうでしょうね。」
「僕らの体が地面にこうして張り付いているのが奇跡みたいだ。」
そんな会話をしたのを覚えています。
それからカタリは乾坤(けんこん)という言葉を教えてくれました。
天地と同じ意味で、乾が天、坤が地を表すそうです。
ポントルソンに住む画家の大石さんが「この土地は土と空の地や」と言っていたそうです。
この世界は乾と坤。
私たち動物はそのちょうど間のわずかな間(はざま)に生きています。天空では生きられない、地中でも生きられない、その間の微妙な空間に与えられた命。
なんて奇蹟的で稀少なことかと思いませんか?
そんな奇蹟を大切にしたいと、空に落っこちそうになりながら考えていました。
☆明日へつづく☆
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