Mira&Luna's nursery lab

旅乙女と発明娘の子供部屋

ナザレの恐ろしい橋を越えて、自由な空の下で野営をします。

フランスを自転車で旅します。f:id:miraluna:20200521165554j:plain:w220 現在地
<9日目>

Luna

サン=ナザレの恐ろしい橋を渡ってロワール川を越えます。川向うの土地は夏のバカンスににぎわうフランスのリゾート地。そして自由な空の下にテントを張ります。

☆ ポンシャトー郊外からブールニャフ=アン=レッツの南へ
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しばらく雨に降られていないので快適です。
お世話になったキャンプ場のお姉さんにお礼を言って出発。凛とした目をしたこのお姉さんは勝気で溌溂としていて、初めは少しきついイメージだったけれど知ればとても親切な方でした。お互いにたどたどしい英語で話したのだけれど、彼女の言葉は英語でもフランス語でも同じように通じたことでしょう。人間語とでも言うのかしら、言語ばかりに頼らない意思の伝達の仕方でお互いの意図を容易に伝え合うことができたの。人としての魅力に溢れた女性だったわ。

キャンプ場を後にした私たちは、まず初めに町の丘の上にある教会へ向かいました。

☆ 丘の上の教会
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昨日までの無事と、食べ物と寝床を得ることができたことに感謝して、今日一日の旅の安全を祈ります。

教会にはクワイヤやオルガンなどの音楽を流しているところがあります。最近になって多くなってきた、と同伴者のカタリは言っていました。
聖堂は祈りの場所なので音楽を流すことについて賛否あるとは思いますが、教会のもつ荘厳な雰囲気と音楽がうまく合わさると、何とも特別な心持ちになります。それは教会の世界観に圧倒されるようなものというよりも、自分たち自身の生活に静粛さや慎ましさや謙虚さを見出すような、身近な日々の生活に直接関わりながらそれでいて一歩だけ形而上に踏み込んだような、そんな心持ち。私は静かな教会も好きだし、そんな心持ちにしてくれる音楽のかかった教会も好きだな。


この日はロワール川という大きな川を越えるために、大きな橋を渡ります。
橋はサン=ナザレという町から南へ向かってかかっているので、私たちはナザレの町へと続く道を進みました。

大きな橋を渡るのは、不安です。


☆ おどろおどろしい雲行きになってきました。
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「川を越える」
というのは旅をしていく中で特別な意味をもちます。特に自転車や徒歩での旅路では、川はこちら側の世界とあちら側の世界を隔てるものです。簡単に越えることはできないし、越えてしまったらもうこちら側は戻ってはこない場所となるのです。

大きな川に架かる橋や渡し船は、たくさんあるわけではありません。小さな川に架けるよりもずっと大変なのでしょう。一つの橋から隣の橋までの距離は、川が大きければ大きいほど遠くなるように思います。
今回の場合、もしこのナザレの橋を渡ることができなければナントという大きな町までさかのぼらなくてはいけなくなります。ナントの町は大きな町で、大きな町はモーターウェイに阻まれて出入りするのに苦労するため、私たちはナントの町を避ける道を選んでいました。そしてサン=ナザレからナントまでは50km程あります。
できればナントの町を通らないで川を渡りたいのです。
でも私たちの持っている地図ではその橋はモーターウェイである可能性がありました。地図上ではモーターウェイではなかったのですが、古い地図なのか、地図上ではモーターウェイではないはずの道がモーターウェイだった、という箇所がいくつもありました。今回もその可能性がありそうな場所です。もしモーターウェイならば、自転車は渡ることができません。

そうなるとナントの町まで迂回する必要があります。

渡し船で渡るときも、大きな橋を越えていくときも、大きな川を越えるときはいつだって覚悟を必要とします。


☆ サン=ナザレから架かる橋
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ナザレの町が近づいてくると、やがて遠くに大きな橋が見えてきました。
町の周辺にはモーターウェイがいくつもあります。

私たちはモーターウェイをかわし、川沿いに続く船着き場と飛行場の間を進みました。空を暗い雲が覆い、風が強まってきて、不吉な雰囲気に包まれます。まるで私の不安な心を写しているかのよう。
橋がだんだん近づいてきます。橋は大きくて、越えられなければ片道50kmの道のりを迂回することになります。無事に越えられるのでしょうか? 自転車は通ることができるのでしょうか? 胸がどきどきして、不安な気持ちになってきます。


☆ 大橋を越える
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橋のふもとの船溜まりで休憩をし、いざ大橋へ!
橋の入口はモーターウェイの出入り口とつながっていて、高速道路の入口のような信号付きのゲートがあります。ゲートには自転車進入禁止のサインは見当たりません。私たちは思い切ってゲートをくぐりました。

橋は急な上り坂でした。

すぐ横を自動車がびゅんびゅん通り過ぎていきます。歩道はなく、狭くて立ち止まることのできそうにない状況です。とっても怖いです。
坂道を進み高度が上がるにつれて、風がますます強くなっていきます。集中してハンドルを操作していなければ倒れてしまいそうなくらい。
とにかく橋を渡りきるまではなんとか転倒しないようにと必死でした。もし今荷物がほどけてしまっても、拾うことなんてできません。前を走るカタリの自転車からテントが落ちても、諦めるしかありません。景色を楽しむ余裕だってもちろんありません。そんな状況でした。
とにかく怖くて必死に進み続けました。

でもカタリはしっかりと写真を撮っていたようです。あの状況でどうやって撮ったのかしら。


☆ 向こう岸が見えてきた
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そしてついに……。


無事に大橋を越えることができました。

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怖かった。
倒れそうなほど風が強くて、狭くて、車がすぐ横を飛ばしていって、とても高くて、登りは急で、立ち止まることもできなくて……。
とにかく怖かったです。

でも。
越えました!

やったー!

これでナントの町まで迂回しなくてすみます。
心を支配していた不安や心配はいっせいに解消されました! やったー!


☆ 南側の地
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橋を渡ると南側はビーチの続くきれいな町。工場地帯のような北側と打って変わってリゾート地です。

空はやっぱり私の心を写しているのか、橋を渡った途端に暗雲が晴れ、青空が広がり始めました。


☆ お祭りのような公園の市場
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日本の夏のお祭りのような雰囲気。
近所から人々が歩いてやってきて、露店を見て回って楽しむ。
そんな楽しみ方は世界共通なのね。


☆ 森林地域
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この辺りには遊歩道が巡らされた森が広がっています。
人々は森の中の散策を楽しみ、自然の空気をいっぱいに吸い込んで心も体もリフレッシュします。
フランスではこのような散策路のある森をときどき見かけます。
別の旅で、私たちがフランスで初めて野宿をしたのもこんな感じの森でした。そのときはもっと深い森で、人がほとんどいなくて、白い狼のような大きな犬(私は狼だったと今でも思っています)に出会って怖い思いをしたのを覚えています。
それでもやっぱり道の巡らされた森林地区は気持ちが良くて大好きです。


☆ ここにもサーカスの一団が
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時々見かけるサーカスの一座。
小学生の頃、一年に一度学校が劇団を呼んで体育館で演劇鑑賞会が開かれたんだけれど、バンで移動しながら旅暮らしをする一座もいると聞いて驚いたのを覚えているわ。同じくらいの年の子たちが家族(劇団)と一緒に学校にも通わずに演劇をして各地を回ることもあるんですって。
学校に毎日通うのが当たり前だった私にとってそういう生き方があるということは衝撃で、それを聞いてからずっと旅回りの一座とかジプシーとかそういった人々の生き方に魅力を感じ続けているの。
一家と仲間たちで古びたバンに乗って、毎日新しい土地へ移動しながら各地でキラキラ輝くような演劇をして回る。なんて素敵な生き方なのかしら。
きっと財政事情なんかは楽ではないのでしょうが、そんなロマンあふれる生き方に私は憧れています。

だからサーカスのキャラバンなんかを見ると、それだけでわくわくしちゃう。


☆ リゾート地の町の教会
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天気が良くなってきました。
辺りは海に囲まれた小高い地区で、夏の避暑地のような素敵な雰囲気に包まれています。


☆ 海辺の一角
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海へと下っていくと、ビーチの近くにはカフェやレストランや新鮮な魚介類を売るお店が立ち並びます。
夏だけのアイスクリーム屋さんや小さな回転木馬なんかもありました。


☆ 大西洋の避暑リゾート
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大西洋です。
日本からは遠く離れていて、私たち日本人からすればなかなか見ることのできない海。
でも空はやっぱり青くて、海もやっぱり青い。
「空が青いことを知るために世界を旅する必要はない」と言ったのはゲーテ。確かにそれを知るためだけに旅をする必要なんかないわ。でもその空や海がどんな青さなのか、その土地土地がどんな素敵なところなのかを感じるためには、旅をすることはとても意義があることだと思うの。
実際のゲーテは長いイタリア旅行をした人で、「人が旅をするのは到着するためではなく、旅をするためだ」とも言っています。
きっと旅に情熱をもった人だったのでしょうね。


☆ 魚釣り小屋
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この地域には伝統的な漁法があります。
上の写真のように川や海に張り出した小屋から、四角く張った網を釣り竿やクレーンのように垂らします。魚が網の上に来たら、それを一気に引き揚げて魚を捕まえるのです。
日本にも能登半島の辺りに似た漁法があったように記憶しています。確か「ぼら待ちやぐら」。
大西洋に張り出した網揚げ小屋。なんとものどかな風景です。


☆ ラズベリー
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初夏の季節、北欧ではそこかしこにブルーベリーが実っていて、お腹いっぱい摘んで食べることのできる森がたくさんあります。

フランスではブルーベリーは多くはありませんが、ラズベリーがあちらこちらの茂みに実っています。
たくさん食べることができるので喉の渇きを潤すこともできるし、日中には干しブドウくらいしか果物を食べないのでビタミンを摂るのにも重宝します。
そしてなにより 美味しい!
甘酸っぱくてみずみずしくて、疲れた体に染み渡ります。
もし家の近所でこんなにたくさん実っていたら、ラズベリージャムを作るのにな。


☆ 砂浜は大賑わい
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青い海と白い雲。
ヨットハーバーの隣の砂浜は夏のバカンスを楽しむ人たちで大賑わいです。


☆ 広告を引く飛行機
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飛行機が広告を引きながら飛んでいきます。
何とも西洋的。

フランスの飛行機乗りサン=テグジュペリもこんな風に飛んだことがあったのかしら。


☆ カフェとショッピングの町
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私たちは教会を囲んで市場が開かれているにぎやかな町に辿り着きました。
その近くのマーケットでお昼ご飯を買うと、大きな台車を引いた自転車のお兄さんがいました。
初めにあいさつをしたときにはとても無愛想だったのですが、私たちがいつものピラフ「タブーリ(参照)」を食べ始めると今度はお兄さんのほうから話しかけてきてくれました。

話を聞くと、彼はクラウン。つまりピエロでした。

私よりも少し年上の学生さんのようで、夏の間この地域を旅しながら大道芸をして回っているそうです。
クラウンも大きな鼻を取れば、普通のお兄さんでした。

彼は大道芸がうまくいっていないのか、あるいは何か嫌な思いをしたのか、初めはとてもいらいらした様子で「旅をしているんならこんな国とっとと抜けたほうがいい」とか「フランスの人間は良くない」とか否定的なことをたくさん言っていました。
でも話をしているうちに陽気な面が出てきて、クラウンジョークに使うトランペットや釣り竿を見せてくれたの。演奏にも魚釣りにも使わないんだって。
行き先を尋ねると「北にある家に帰ろうか、それとも南へ向かおうか、決めてない」と答えました。「この台車は鉄でできてるから重すぎるんだ。でもいいアイディアを思いついたんだ。今度作るときはバンブー(竹)で作るぞ」とうれしそうに言っていました。もしかしたらクラウンジョークだったのかもしれないけれど。

クラウンのお兄さんは話をしているうちに「自由」であることの情熱を取り戻していったようで、We can go everywhere !と満面の笑みで言いました。そうです。私たちはどこへでも行けるのです。
We」と言ってくれたところが嬉しいです。


☆ リゾート地の奥
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私たちはリゾート地の半島でさんざん迷子になったのですが、迷子を楽しむ余裕がありました。
だって天気も良かったし、何も気にかけるようなしがらみがなかったのですから。

ようやくリゾート地を抜け出して南へ向かい始めたところで、野宿をすることにしました。


☆ 広い広い草地で野宿
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広い土地なので隠れるような場所はありません。
水路の側の平原に、テントを張ります。
誰かに見つかったらいやだな、と少し心配もありますが、そのときには保護者であるカタリが話をしてくれるので安心です。「出て行けと言われれば素直に出ていくまでさ」とはカタリの言葉。

☆ 水路脇の野営地
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かつて敵同士であった戦時中では、フランスの土地にこうしてテントを張って眠るだなんてとても考えられないことです。
当時も今も、きっとこの土地の様子はそれほど変わりはないのでしょうけれど、今では「見つかっても何とかなる」ような平和な関係です。
その平和はなんて尊いことでしょう。
人と人とが立場の違いから殺し合う世界と、立場が違う者同士が助け合い言葉を交わし合う世界。ほんの数十年の違いなのに、同じ人間同士の歴史なのに、あまりにも大きな違いです。次の世代を生きる私たちはこの平和に感謝し、なんとしてでもその平和を守っていきたいものです。

だって私たちは、この同じ空の下に一緒に暮らしている仲間なんだもの。
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そして私ルナとカタリは明日もこの空の下で旅を続けます。
私たちは自由な旅人で、どこへでも行けるのです。

               ☆明日へつづく

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